あの駄菓子、今も買える? — 駄菓子の百科事典

縁日・夜店のお菓子|祭りの記憶

提灯の灯り、太鼓の音、ソースの匂い。縁日や夜店で出会った駄菓子・菓子を、祭りの情景とともにたどる読みもの。甘い系・しょっぱい系・遊べる駄菓子まで懐かしく語ります。

日が落ちると、参道に提灯の灯りがぽつぽつと点っていく。太鼓の音が遠くからどん、どんと響いて、足の裏に砂利の感触。ソースの焦げる匂い、甘いザラメの匂い、線香花火の火薬の匂いがいっしょくたになって、鼻先を通りすぎていく。縁日や夜店は、そんな匂いと音の記憶とともに、わたしたちの胸の奥に残っている。手のひらに握りしめた小銭の枚数を数えながら、どの屋台の前で足を止めるか――あの真剣な逡巡こそ、祭りの夜のいちばんの醍醐味だったかもしれない。

ここでは、縁日や夜店で出会ってきた駄菓子・菓子を、祭りの情景とともにたどっていく。屋台で売られる出来たての品もあれば、近所の駄菓子屋でいつでも買えたものが、祭りの夜になると少しだけ特別な顔をして並んでいた、そんな品もある。あくまで懐かしさを手繰り寄せる読みものとして、肩の力を抜いて読んでもらえたらうれしい。

甘い系――灯りの下で艶めくもの

夜店の甘いものは、灯りの下で艶めくのがいい。りんご飴は、その代表格だろう。真っ赤な飴の膜にずらりと並んだ電球が映り込んで、ひとつの小さな鏡のように光っていた。割り箸を持つ手にずしりと重く、最初のひと噛みでパリッと飴が割れる音。その下から、ひんやり酸っぱいりんごの果肉が顔を出す。あの硬さと冷たさの落差は、ほかのどんなお菓子にもなかった。

東京の縁日で親しまれてきたとされるあんず飴も、夏の夜店に欠かせない一品だ。あんずやすももを水飴でくるんで、氷の上にきらきらと並べる。あんずボーのような、あんずの甘酸っぱさを楽しむ駄菓子に通じる味わいで、口に含むと甘さのあとからきゅっと酸味が追いかけてくる。同じ流れで、まけんゼリー みかんのようなチューブ入りのゼリーを、屋台の隅で見かけた人もいるかもしれない。

そしてわたあめ(綿菓子)。ザラメがくるくると回る釜のなかから、白い雲がふくらんでいくのを、子どもたちは顔を寄せてじっと見つめた。袋いっぱいに詰まった綿菓子を、口に入れた瞬間にしゅっと溶けてなくなってしまう、あの頼りない甘さ。キャラクターの絵が描かれた袋を、食べ終わったあともなかなか捨てられなかった。チョコバナナのつやつやした見た目や、カラフルなトッピングも、夜店ならではのごちそうだった。

焼きの香り――煙とともに立ちのぼる

鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てる屋台の前は、いつも人だかりだった。ベビーカステラの型から立ちのぼる甘い湯気、紙袋を受け取ったときの温かさ。歩きながら頬張ると、外はこんがり、なかはふわふわで、ひと口ではやめられなかった。

泡立った砂糖がふくらんで固まるカルメ焼きは、作る工程そのものが見世物だった。お玉のなかで重曹を入れてかき混ぜると、みるみる茶色い塊がふくらんでいく。あの瞬間に固唾をのんだ人は少なくないはずだ。サクッと軽い歯ざわりと、素朴な焦げ砂糖の甘さ。雷おこしのような、米を固めた焼き菓子の香ばしさにも、どこか祭りの記憶が重なる。お土産の定番として、参道の店先に積まれていた光景を思い出す人もいるだろう。

米が一瞬で何倍にもふくらむポン菓子は、なんといってもあの「ボン!」という破裂音だ。耳をふさいで身構える子どもたち、白い煙、ぱらぱらと舞い落ちる甘い米粒。音と煙と香りが一体になった、まさに夜店の出し物だった。ふんわり軽い麩菓子(鍵屋製菓 特製ふ菓子)の口どけにも、どこか同じ系統の素朴さがある。

しょっぱい系――甘さに疲れた舌に

甘いものばかり食べていると、ふいにしょっぱいものが恋しくなる。そんなとき、夜店のソースせんべいがちょうどよかった。薄焼きのせんべいに甘辛いソースを塗り、二枚重ねてはがしながら食べる。ソースのほのかな酸味と、せんべいの香ばしさ。串に巻いて焼くはしまきは、西日本を中心に親しまれてきたとされる屋台の味で、お好み焼きを片手で歩きながら食べられる手軽さがうれしかった。

関西の祭りならいか焼き(大阪)の鉄板を見かけることもある。生地のあいだにいかをはさんで、ぎゅっと薄く焼き上げる、大阪に根づいた粉もんだ。甘いものとしょっぱいものを行ったり来たりしながら屋台を巡る――その振り子こそ、祭りの夜の食べ歩きの楽しさだった。口直しに酢こんぶをしゃぶる、そんな渋い小学生も、たしかにいた。

遊べる駄菓子――もうひとつのゲーム

夜店には、食べるだけでなく「遊べる」駄菓子もあった。その筆頭が型抜き(カタヌキ)だ。薄い板状の菓子に描かれた絵柄を、針や爪楊枝で慎重にくり抜いていく。少しでも線をはみ出して割れてしまえば、その時点で終わり。成功すれば賞金やもう一枚がもらえるというルールに、子どもたちは息を止めて挑んだ。あれは食べものというより、ひとつの真剣勝負だった。

当たりが出るともう一本もらえるおかしな水あめのように、駄菓子そのものに「当たり外れ」の遊びが組み込まれているものも、祭りの高揚にぴったりだった。すもカップウルトラマンクランチチョコのような、おまけや絵柄に心を躍らせる駄菓子も、屋台の片隅でわくわくの種になっていた。手のひらの小銭と相談しながら、何を「賭ける」か。あの計算もまた、楽しかった。

夜店の灯りと、消えていった味

祭りの夜には、いまはもう見かけなくなったものもある。瓶の口にビー玉のような栓がついたニッキ水は、昭和のころ縁日や駄菓子屋でよく見られたとされるが、現在は販売を終えている。シナモンに似たニッキの香りがぴりっと舌を刺す、独特の飲みものだった。同じくニッキの風味をしみ込ませたニッキ紙も、口に含んで風味を楽しむ駄菓子として親しまれていたが、こちらも今では姿を消している。いっぽうで、みかん水のように、いまも作り続けられている懐かしい味もある。ニッキの風味は、現存するニッキ飴で、いまもたどることができる。

暑い夜のかき氷は、いつの時代も夜店の定番だ。色とりどりのシロップがかかった氷の山を、こめかみが痛くなるのも構わずかき込んだ。あの冷たさと、頭がきんとする感覚さえ、いまとなっては愛おしい。

祭りが終わり、提灯の灯りが一つ、また一つと消えていく。手にした袋の重みと、口のなかに残った甘さ、ソースの匂いを身体じゅうにまとって、子どもたちは家路につく。屋台の品々は、けっして高級なものではなかった。けれど、あの夜の灯りの下でしか味わえない高揚と、いつまでも色あせない記憶を、わたしたちにくれた。次の祭りの夜、もし懐かしい屋台を見つけたら、どうか足を止めてみてほしい。指先と舌の記憶が、きっとあの夜へと連れていってくれるはずだ。

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